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高松高等裁判所 昭和31年(ネ)82号 判決

控訴人 高須賀時太郎

被控訴人 伊藤静子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における請求拡張部分を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金三百二十万円及びこれに対する昭和二十九年九月一日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え(但し右附帯請求部分は当審において請求を拡張したもの)。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めると共に、控訴人の請求拡張部分につき請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上並に法律上の主張は、控訴代理人において、民法第八百三十五条が親権を行う父又は母が管理が失当であつたことにより未成年の子の財産を危うくした場合子の親族又は検察官に対し親権者の管理権喪失宣告申立権を与えているのは、未成年の子の失われんとする財産を保全させるために、子の親族と公益の代表者である検察官に対し右申立権を与えているのであつて、右の場合子の親族よりなす管理権喪失宣告申立は未成年の子の財産保全のための事務であり、親族自身の事務ではない。而して民法の前記規定は子の親族に対し右申立をなす権利と機会を与えたに過ぎず、義務を課するものではないから、子の親族が管理権喪失宣告申立をなし、子の財産保全事務を行うことは義務なくして他人のために事務の管理を始めた者に該当するものである。本件の場合控訴人は被控訴人の伯父であるところ、当時未成年者であつた被控訴人の巨財がその親権者である母伊藤フミ子によつて喪失されんとするのを黙視看過するに忍びず、被控訴人の財産を保全するため、莫大の費用と労力をかけて右フミ子の管理権喪失宣告申立その他の財産保全行為を行い、その結果被控訴人の財産を保全することができたものである。従つて右は民法第六百九十七条以下に規定する事務管理の場合に該当し、同法第七百二条により控訴人は被控訴人に対し右財産保全行為に要した費用の償還を請求することができるものと解すべきである。若し仮に控訴人の本件行為がいわゆる事務管理に該当しないとしても、当該未成年の子は親族のなす管理権喪失宣告申立によつて利益を受ける権利を取得する訳ではないから、未成年の子が親族の右申立により財産保全の利益を受けた場合は、法律上の原因なくして他人の行為に因り利益を受けこれがため他人に損失を及ぼした場合に該当するものであり、被控訴人は控訴人に対し控訴人が被控訴人の財産保全のため支出した費用相当額を不当利得として返還する義務がある。本件の場合若し控訴人が被控訴人に対し事務管理による費用償還請求権もまた不当利得返還請求権もともに有しないとすれば、親権者が子の財産管理を行つた場合(民法第八百二十八条第八百三十二条等参照)との権衡を失し、正義衡平の原則に反するのみでなく、遂には子の財産が親権者により危うくされんとする場合子の親族が自己の損失において子の財産保全のための諸行為をする者がなきに至り、民法第八百三十五条は空文に帰するであろう。と補陳し、尚請求の拡張につき、控訴人は被控訴人に対し本訴請求金三百二十万円に併せてこれに対する本件支払命令正本送達後である昭和二十九年九月一日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。と述べた外原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

控訴人が被控訴人の母である訴外伊藤フミ子の実兄であること、被控訴人(昭和十年四月二十七日生)は昭和十九年頃父豊富の死亡に因りその財産を相続したが、未成年であつたため母である右フミ子の親権に服していたこと、右フミ子は昭和二十三年四月頃から訴外十亀正春との間に情交関係を生じたこと、右フミ子が被控訴人の法定代理人として被控訴人所有財産の一部である家屋、畑及び宅地を売却したことがあること、控訴人が昭和二十七年十一月頃右フミ子を相手取り松山家庭裁判所西条支部に財産管理権喪失宣告の申立をしたこと並に被控訴人は昭和二十九年六月十二日訴外伊藤実男と婚姻し、これにより成年に達したものとみなされたため、右財産管理権喪失宣告申立事件はその必要がなくなつて落着するに至つたことは、いずれも本件当事者間に争がない。また成立に争のない甲第三号証の一、三、四、五、同第四号証の一、二並に原審証人津島宗康の証言を綜合すれば、控訴人は昭和二十八年十月頃弁護士津島宗康に対し右管理権喪失宣告申立事件及びこれに附随する諸手続を依頼し、同弁護士は右委任に基き右申立事件を遂行すると共に、同年十一月二十四日松山家庭裁判所西条支部に対し前記フミ子の管理権執行停止代行者選任の申立をなし、同支部は同年十二月三日家事審判規則第七十四条により伊藤フミ子の被控訴人に対する財産管理権の職務執行を停止し、その職務代行者として弁護士松本梅太郎を選任する旨の決定をしたこと並に右松本弁護士は同年十二月二十四日松山地方裁判所西条支部に対し伊藤フミ子を被申請人として同女の所有名義に係る不動産につき処分禁止の仮処分申請をなし、その決定を得たことを夫々認めることができる。

さて本訴の請求原因とするところは、控訴人は、被控訴人の親権者である前記伊藤フミ子が(イ)昭和二十三年四月頃より訴外十亀正春と不倫の関係を生ずるに至つた上、(ロ)被控訴人所有財産中山林九筆(五百万円相当)を一旦訴外山本兵左衛門に仮装譲渡した後一ケ月位してこれを同訴外人より買戻してフミ子名義に登記し、(ハ)被控訴人所有山林十六筆に生立していた杉、檜等の立木(千万円相当)を売却してその代金の大部分を自ら領得し、(ニ)また右代金で山林四十二筆を買受けてこれを自己の所有名義に登記し、(ホ)被控訴人所有の家屋、畑、宅地(五十万円相当)を売却する等被控訴人に対する財産管理権を濫用して被控訴人の財産を漸次不正領得して行く状態であつたから、これを看過することができず、所轄裁判所に対し前記の如くフミ子の管理権喪失宣告申立、管理権執行停止代行者選任申立、不動産処分禁止仮処分申請等の諸手続を執り、その結果被控訴人の財産を保全することができたものである。而して控訴人は右のような手続をなす費用及びこれに関連した費用として総計三百二十七万五千二百三十円(内訳(1) 被控訴人所有財産中フミ子名義に登記された七十九筆につき実地並に登記簿上その調査に要した費用十一万二千九百円、(2) 管理権喪失宣告申立をなすにつき東京、松山、高知、西条の各弁護士、各家庭裁判所に対し出張研究に要した費用五万六千百円、(3) 管理権喪失宣告事件につき、又弁護士との打合のためしばしば出張した費用及び証人七名の旅費日当合計六万九千九百円、(4) 家庭裁判所に提出する書類作成につき、登記簿閲覧抄本作成、申請書貼用印紙代、書記料、右作成のための旅費日当合計六万二千五百八十円、(5) 管理権代行者選任申立事件及び不動産処分禁止の仮処分申請事件における各保証金立替のため訴外寺川兼薫外二名から借用した金四十五万円に対する昭和二十七年十一月二十八日より昭和二十九年十二月末迄の利息合計二十二万三千七百五十円、(6) 津島弁護士に対し支払つた又は支払うべき前記各事件委任に関する着手金及び成功報酬合計二百七十五万円)を要したものであるが、右は控訴人が義務なくして被控訴人のためその財産保全事務を行うにつき支出した費用であるから、民法第七百二条により被控訴人に対し右の中金三百二十万円の償還を請求すると謂うのである。

仍て先ず未成年の子の親族が民法第八百三十五条により親権者の財産管理権喪失宣告の手続をなし、その手続費用及びこれに附随する諸費用を支出した場合当該未成年の子に対しその費用の償還請求をなすことができるか否かの点につき考察するに、この点については民法親族篇に何等規定が存しないけれども、真実未成年の子に対する親権者の財産管理が失当であつて、その子の財産を危うくする状況が存するため、未成年の子の財産を保全する必要上子の親族が家庭裁判所に対し管理権喪失宣告の申立をなし、家庭裁判所において右申立を容れ親権者の財産管理権喪失を宣告し、その結果未成年の子の財産が保全されたような場合においては、右申立をした親族は当該未成年の子に対し民法債権篇事務管理の規定を類推適用して右申立をなすに要した費用の償還を請求することができるものと解するのが相当である。

そこで本件事案につき検討を進めるに、控訴人の申立てた前記管理権喪失宣告申立事件は松山家庭裁判所西条支部に繋属中当時未成年者であつた被控訴人が婚姻により成年に達したものとみなされたため自然落着を見るに至つたこと前記の通りであるが、このことはしばらくおき果して控訴人において被控訴人の財産を保全するため親権者たる伊藤フミ子の管理権喪失宣告の手続等をなす必要が存したか否かの点につき以下審究する。成立に争のない甲第一号証、原審証人伊藤市衛、同山本兵左衛門、同福田早雄、同高須賀稔、同伊藤フミ子、当審証人工藤盛義の各証言並に原審における控訴本人の各供述を綜合すれば、(1) 被控訴人の親権者であつた訴外伊藤フミ子は昭和二十二年九月頃被控訴人所有に係る愛媛県新居郡大保木村大字東之川山字カゲ崎丙八十五番地山林一反七畝八歩外山林八筆を訴外山本兵左衛門に売却したように装つて一旦同訴外人名義に所有権移転登記をした上、約一ケ月位後にこれを同訴外人よりフミ子名義に所有権移転登記をしたこと、(2) 右フミ子は昭和二十四年頃より被控訴人所有に係る山林の立木を次々に売却し始め、その売却代金で昭和二十七年八月頃より昭和二十八年十二月頃迄の間に訴外寺川シナ外六名より山林計三十三筆を買受け、これを自己の所有名義に登記をなしたことを認めることができ、その外フミ子は(3) 被控訴人所有に係る家屋、畑、宅地を他へ売却したこと並に(4) 昭和二十三年四月頃より訴外十亀正春と情交関係を生ずるに至つたことは前記の如く被控訴人の認めるところである。しかしながら成立に争のない乙第一号証の二及び三、原審証人伊藤フミ子の証言並に原審における被控訴本人の供述を綜合すれば、フミ子が前記(1) の如く被控訴人所有の山林九筆を自己の所有名義にしたのは、当時未だ終戦後の混乱期であつて一人が山林を五町歩以上所有できなくなるという噂が流布されたため、右噂を軽信して割記(1) のような方法を講じたものであること、前記(2) の如く被控訴人所有山林の立木を漸次売却し始めたのは、成長した立木を売却しその代金で小さい木の生えている山林を購入する等主として山林経営上の必要からであり、またその売却代金の一部は被控訴人一家の生活費に充てたものであること、而して右売却代金により新しく購入した山林の所有名義をフミ子名義としたのは被控訴人諒解の上でそのようにしたものであること、前記(3) の家屋等の売却も被控訴人がこれを承諾していること、また前記十亀正春は妻と離婚し、昭和二十七年七月頃よりフミ子と事実上の婚姻をなしていること、被控訴人は母フミ子が親権者として自己の財産を管理することにつき何等不服はなく、控訴人がフミ子の管理権喪失宣告の手続をしたことに対し甚だこれを迷惑に感じていること(控訴人が管理権喪失宣告の申立をなした昭和二十七年十一月当時において、被控訴人は既に十七才六ケ月であり、相当程度の意思能力を有していたことが窺える)を認めることができ、尚当審証人工藤盛義の証言に徴すれば、被控訴人所有財産の総価額は前記管理権喪失宣告申立当時において約三千万円であつた事実を窺うことができる。以上認定の諸事情を綜合して判断するに、被控訴人の親権者であつた前記伊藤フミ子の被控訴人所有財産に対する管理方法につき幾分非難すべき点が存するとしても、右認定のような場合が民法第八百三十五条にいわゆる親権者の管理が失当であつたことによりその子の財産を危うくしたときに該当するものとは未だ認め難く、被控訴人の親族である控訴人において被控訴人の財産を保全するためフミ子の管理権喪失宣告の手続を執らねばならなかつた程被控訴人の財産が危殆に瀕していたものとは認められない。さらにまた控訴人が前記の如く管理権喪失宣告の申立をなし、また管理権執行停止代行者選任等の手続をなしたことにより被控訴人の所有財産が保全されたものとも見られない。

然らば仮に控訴人が管理権喪失宣告申立費用及びこれに附随する費用として控訴人主張のような諸費用を支出したとしても、控訴人の申立てた管理権喪失宣告事件は家庭裁判所において管理権喪失宣告をなすに至らずして終了したのみならず、控訴人はかかる管理権喪失宣告申立等の手続をなす必要もなかつたものであること前叙説示の通りであるから、被控訴人に対し右費用の償還を請求できる筋合でないこと明らかであると謂わなければならない。尚控訴人は、仮に事務管理費用としての償還請求権が認められないとしても、被控訴人に対し不当利得返還請求権を有すると主張するけれども、前記認定の如き事情である以上控訴人の管理権喪失宣告申立等により被控訴人が不当に利得したものとは認められないから、右主張も理由がないこと多言を要しないところである。これを要するに、控訴人の本訴請求(当審において請求を拡張した部分を含めて)は費用支出額等の点につき判断をなすまでもなく失当であつて、原判決はその理由において当裁判所と見解を異にしている点があるもその結論は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九十五条第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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